2023年7月にイタリアで初開催となったマスターズ世界選手権の体験記を岩楯志帆(Iwadate Shiho)選手に寄稿していただきました。2024年4月にはポルトガルで第2回目となるマスターズ世界選手権が開催予定であり、2023全日本選手権の完走者に日本代表としての権利があります。頂を目指すマインドに年齢は関係ありません。記念すべき第1回目のマスターズ日本代表の体験記。ぜひご一読ください!!
2023年7月30日、40代以上のアスリートを対象とした初のマスターズスカイランニング世界選手権(2023 Masters Skyrunning World Championships)がイタリアピエモンテ州で開催されました。1922年イタリア初の国立公園として設立されたグランパラディーゾ国立公園(Parco Nazionale Gran Paradiso)で地元の人々の夢と共に始まったロイヤルウルトラスカイマラソン(Royal Ultra Sky Marathon)がレースの舞台。2008年の第1回大会から、少しずつルート・標高差を延ばし、2013年にはイタリアスカイランニングチャンピオンシップ ウルトラカテゴリとなり、2017年、現行の全長55km/累積標高4141mに達し、スカイランナーワールドシリーズ(SWS)に組み込まれました。2019年には再びSWSとなり、日本のエース上田瑠偉(Ueda Ruy)選手が男子銅メダル獲得(6時間56分49秒)、高村貴子(Takamura Takako)選手が女子7位(8時間53分53秒)入賞を果たしています。その後、COVID-19のパンデミックによる開催中止を余儀なくされました。4年ぶりの開催となった今回は、初のマスターズスカイランニング世界選手権にも位置付けられたことによって、17か国のナショナルチームが参加し、各国のマスターズ世代が熟練のスカイランニング力を示す新たな国際舞台となりました。(*レースは2013年以降、2年毎の開催)
この栄えある第1回大会に日本からは経験を積んだマスターズ9名が挑みました。
Over 40(40~47歳) 秋葉悠、小野田誠也、高前直幸、宮川朋史
Over 48(48~55歳) 井上海埜哩、岩楯志帆、岡部泉太郎、川崎義孝
Over 56(56歳以上) 山本隆二
レースはグランパラディーゾ国立公園の南側にあたる、標高1,476m~3,002mのオルコバレ―上部で展開され、7つのコル(峠)を超える総距離55㎞、累積4,141mの登りと4,482mの下りから成るタフなコースとなっています。標高1,917mのLago di Telecio(テレッチョ湖)からスタートし、標高1,476mのCeresole Reale(チェレゾーレレアーレ湖畔)がゴール、制限時間13時間30分は年齢に関係なく全選手同じ規定です。
例年であれば、スタートから600~700m登るとクランポン(軽アイゼン)装着が必要な雪に覆われたセクションが現れるのですが、今大会時の積雪は少なくクランポンは必携ではなくなり、その代わり連なる大きな露岩を越えるため、よりテクニカルで危険が増したとの判断からチェックポイント通過制限時間が延びるという変更がありました。他、牧草地、渡渉、石の多い地面の横断、急登、激下りのセクションがあり、身体能力はもちろんですがルートファインディング力も必要です。また集中力を切らさず細心の注意も必要です。その観点を持ってすれば、快速登山の技量を試されるレースと言えそうです。
グランパラディーゾは花崗岩の山塊で、日本であれば、甲斐駒ヶ岳・鳳凰三山でもお馴染みでしょうか。現地で試走というほどのことをする時間はなく、日本の山のどこのどのルートがレース準備にふさわしいか、目的に合った登山の積み重ねがとても大事になってきます。
日本のスカイランニングシーンでは、ウルトラカテゴリのレース数が少なく、スカイランニングに見合うウルトラの距離と標高差のバランスに対しては若干意識が薄くなっている気がしました。コースの状況、足場、斜度をどこまで想像できているか。これは、日本でできる作業、イメージトレーニングなので、いろいろな方法・ツールを用いてレースコースの情報を集めることは可能。地図、3Dマップ、YouTube等々を使っての準備時間がワクワクして、レースでは頭の中に描かれたコースの答え合わせをするのが面白いのです。
トリノを支える人工貯水テレッチョ湖。夜明け前、スタート地点であるテレッチョ湖に向かって選手を乗せた車のライトが、長く長く繋がる光景に大会の熱量を感じました。レースコースは決して難しくはなく、驚くほどテクニカルでもありません。けれども、人気-ヒトケはそれほど多くないルートのようで、スカイマラソンに出場すると伝えれば「You?」と返され、地元の人たちはアンビリーバブルだと口をそろえて言います。制限時間内(13時間30分)にゴールする誰もが超人となるようです。確かに、過去の記録から思った以上に長いレースになると予測でき、そのことが気になっていました。
1,000mをほぼ一気に登るにしても同じ足場が続くわけではなく、岩場、モレーン(堆積・氷堆積)、草原、雪上、渡渉部と変わりますし、段差や硬さも様々に変化するため飽きることはないですが、無駄のない素早い対応をしていかなければ、時間経過と運動量が見合わなくなってきます。これが、思いのほか時間がかかっていると感じる一因だとレース中に気づきました。そして、大きく登った後はたいてい少し急な短めの下降があり、そこから長く緩やかに登るトレイルや、なだらかな平原、台地、牧草地が続くという地形。ランニング区間です。次の急登に入るまでは、「駆ける」ではなく「走る」に切り替えなくてはなりません。Sky Marathonとは天空マラソンであり、峠越えであることを実感しました。海外選手はこの区間が速く、視線の先の先までどんどん進んで小さくなっていきます。それでも、ターコイズブルーの湖、空と大地のスケールに圧倒されながら、美しさに助けられながら、私としては一生懸命に走ったわけです。
コース最高標高3,002 mの Colle della Porta(コッレ・デラ・ポルタ)から先は、度々湖に向かって下っていくのですが、すり鉢の中に放り込まれた気分になりました。朝から崩れる心配のない晴天、最低限の必携装備で済んだことは、たとえウルトラであろうとも身軽なスカイランニングのライトスタイルが活かされラッキーでしたが、高標高の中で動き続ければ脱水の進みは速く、補給に神経を使いました。オフィシャルエイドのみで、サポートは付けられません。
34.5㎞地点 Colle del Nivolet(コッレ・デル・ニヴォレット)は重要なリフレッシュポイントとなります。レースは終盤、しかし、ここからリスタート。ここは、ゴールのチェレゾーレレアーレ湖畔からも曲がりくねったロードが通っており、Valle Orco(オルコバレー)の頂上で、サイクリストの聖地です。壮観を求める人の往来があるので、少し安心します。しっかり補給を取って、エイドスタッフに「Giappone!!」と見送られゴールを目指しました。
が…湿地のトラバース、短いけれど急な登り、かと思えば斜度も足場も変わる下りに惑わされ、長く下らされては登り返し、登ってはまた下りの細かな繰り返しにメンタルがやられます。この辺りは、地図でもよく掴めなかったセクションで、残り10㎞ほどになってもゴールに向かっている気がせず、久々にキツかったです。足もつり始め、止まれば終わってしまいそうでした。横移動のせいか、標高が低くなり上からの見下ろしがなくなったせいか、どこに向かっているのかもわからなくなってきました。そんな中、とどめの300mアップ。足を止めないことだけを考えて上へ上へ。登り切って一度ニッコリ笑います。自分流の力の抜き方。やっとゴールを近く感じたのも束の間、4km 900mの一気下りなのですが全く飛ばせません。飛ばせない激下りは、コワいです。接地時間が長くなり、危なっかしいのが自分でわかります。飛ばせたらどんなにかカッコよかっただろうかと、思い返せばそうなのですが、その時はとにかく最後の最後まで気を抜かずに安全にと言い聞かせていました。チェレゾーレレアーレ湖畔のロードに足が着いた瞬間、やっと緊張から解放され大きく息を吐き、頬が緩み、笑顔のゴールとなりました。
今回日本からチャレンジした9名は、ウルトラを専門にしているというわけでもなく、得意もそれぞれ。今大会の男子総合トップ3は、全員がOver40(40歳~47歳)カテゴリ。マスターズ初代女王に輝いたChiara Giovando選手(イタリア)も44歳、総合でも2位でした。40代は経験を積んだ上に、スピードも持ち合わせている強い層です。海外選手はウルトラスカイマラソンにおけるスピード感覚が我々のそれとは違ったように思います。駆けても、走っても、パワーハイクでも、どこを切り取っても安定のスピード感覚を持つには、どのようなトレーニングが今の自分に効果あるのだろうか、と考えるようになりました。登山技術に大きな差はないように思いました。むしろ、日本の山のほうが難しいところは多い気がします。
ウルトラ=長距離=制限時間も長い=スピードなくてもOK=マスターズ向き。いいえ、違います。2024年はポルトガルでマスターズ世界選手権が開催されます。そして、ウルトラに加えスカイレースもあります。将来的にはバーティカルも、という声もあります。ISF(国際スカイランニング連盟)はユースと同じようにマスターズも毎年開催としています。私は、今後も本気の勝負でマスターズ世界選手権が盛り上がっていくことを期待しています。それもまた、スカイランニングの発展であり、未来だからです。頂を目指すマインドに年齢は関係ありません。スカイランニングは山岳競技、登山のスポーツです。このスポーツにおいて、山に強く、山を楽しむ力があることを示していくことはマスターズの重要な役割なのです。マスターズ世代の皆さん、マスターズスカイランニング世界選手権を目指しませんか?
最後に、Noasca(ノアスカ)という小さな町での滞在は、現地のおいしい食事と、明るく親切な人たちとのホスピタリティ溢れる時間によって言うことなしの楽しく贅沢なものでした。そこには自信と誇りを持ってグランパラディーゾクオリティーを守り抜いている人々の努力があります。Grazie Mille. Bravissimo!!
3,000m級の山々に囲まれ、次々と展開されていく壮大な景色は現実味を欠いているようでした。その名の通り、大楽園 グランパラディーゾ。シンボルはBec(ベック=stambeccoの愛称)。大角を持ち、急峻な山腹に生息するヤギ科のアイベックスです。公園北側のアオスタ州はイタリア最小の州ですが、標高4,478mのMonte Cervino(モンテ・チェルビーノ=マッターホルン)やヨーロッパアルプス最高峰 4,807m Monte Bianco(モンテ・ビアンコ=モンブラン)の観光拠点。公園内最高峰Gran Paradiso(4,061m)はグライエアルプス最高峰であり、隣国を跨がないイタリア領土内の最高峰ということになります。今度は観光登山でグランパラディーゾ国立公園を訪れたいですし、何度でも訪れたいと思えるところです。そして、さらに、いるらしいです。彼らが・・・ 次は、大好きなオオカミに会いに行きたいっ!!!
日本チーム個人成績 出走者総数220人/完走者176人
宮川朋史(Tomofumi Miyagawa) 9:48:49
川崎義孝(Yoshitaka Kawasaki) 10:06:16
秋葉悠(Yu Akiba) 10:16:05
岩楯志帆(Shiho Iwadate) 10:36:44
小野田誠也(Seiya Onoda)12:22:55
高前直幸(Naoyuki Takamae)12:30:25
岡部泉太郎(Sentaro Okabe) 12:35:47
井上海埜哩(Minori Inoue) カットオフ
山本隆二(Ryuji Yamamoto) カットオフ
2024年マスターズスカイランニング世界選手権
※2023全日本選手権の完走者に出場の権利があります
4月13日~14日/ポルトガル ゼラウルトラマラソン
スカイウルトラ 55㎞/+3,600m
スカイレース 37km/+2,250m
年代別カテゴリOver40、Over45、Over50、Over55(*2023年度と同じではありません)